我々自転車乗りが一度は悩むであろう問題。クランクの長さ。
クランクは長いほど、テコの原理によって少ない力で大きい力を出す事が出来ると考えられている。
でも、人には様々な体格があるし脚の長さも其々であるから、明確にどのくらいが長くてどの位が短いのかは決められないのかもしれない。
そもそも人が自転車を漕ぐ時に、クランクの長さはどんな時にどんな風に影響するのか。
クランクの長さが短くなったり長くなったりすると、自転車を漕ぐ運動がどのように変化するのか、考えてみたいと思う。
自転車の動力機構を考えると、クランクには上の図のように常に回転方向の力が加えられることが理想である。が、これはモーターなどの一定の入力が可能な場合の事で、人がクランクを回す場合は、下の図のように入力の方向が常に下向きになってしまい易い。
これは特に不思議なことではない。人が2本の脚でペダルを踏み、脚の重さに依存しやすい運動であるから仕方ない事である。もちろん、クランクを回す技術の高い人なら理想的な力のかけ方に近づけるであろうが、ほとんどの人はそうではないだろう。
話を少し単純にする(単純ではないか…)。クランクが水平の位置にある時、ペダルを上から踏むとクランク軸にはどんな力がかかっているだろうか。下の図を見てほしい。
長さLのクランクに付いたペダルを上から踏む。その踏んだ力をFとする。
Fの方向が図のように右下へ向かう場合、ペダル軸から真下に向かう接線力Fxと、
ペダル軸から水平に右へ向かう法線力Fyとに分解できる。
そしてFとFxとの間の角度をθa、FとFyとの間の角度をθbとすると、
これらの関係は次の式で成り立つ。
θa=arcTAN(Fx/Fy)
θb=arcTAN(Fy/Fx)
F=√(Fx2 + Fy2)
接線力 Fx=F × SINθb
法線力 Fy=F × SINθa
そして、クランク軸にはトルクMが発生する。トルクMは次の式で計算できる。
M = L × Fx
実際に数値を代入してみる。
クランクの長さは 170mm、踏む力は200N、踏む方向は真下方向から15度の角度で右斜め下に向かうとすると。
Fy=200xSIN15°=51.8N
Fx=200xSIN75°=193.2N
となって。この時クランク軸に発生するトルクMは、
M=0.17x193.2=32.8Nm
となる。
次に、人がペダルを漕いでクランクが1回転した場合を考えてみる。先に書いたように、人が漕ぐと入力は一定ではなくなる。
例えば、人がケイデンス80でペダリングした場合の、クランク1回転のペダルへの入力が下の図(左)の様だとする。
それぞれのクランク位置で接線力を計算していくと右の図のようになるとする。
この時の接線力の平均は、56.2NになるからトルクMは、
M=0.17×56.2=9.6Nm
と計算できる。
さらにこの時のパワー(仕事量)wは次の式で表すことができる。
w=2π × M × rpm /60s
2π/60=0.105であるから、式を変形すると
w=0.105×M×rpm
となり、これに代入すると
w=0.105×9.6×80=80.2w
となった。
これは片側のクランクを1回転させたパワーなので、左右のパワーが同じだとすると、
人がクランク1回転させたときのパワーは
W=80.2×2=160.4w
となる。
さて、それではクランクの長さが変わるとどんな変化があるのだろうか。
同じ平均接線力だった場合、クランクの長さが170mmから165m、
175mmになった場合のトルクMはそれぞれ、
M=0.165×56.2=9.3N(165mm)
M=0.175×56.2=9.8N(175mm)
となって、クランクが長くなると僅かだがトルクは高くなるのだが、
170mmとの差は -0.3~0.2Nと極僅かな差に留まった。
では同じトルクを生み出すための接線力はどう変わるだろうか。
170mmのクランク長で9.6Nmのトルクを生み出すのに 56.2Nの接線力が必要なとき、
クランク長が165mmで同じ9.6Nmのトルクを生み出すためには、
Fx=9.6 / 0.165=58.2N
175mmの場合は
Fx=9.6 / 0.175=54.9N
クランク長が短ければ大きな接線力が必要になるし、クランク長が長いと接線力は小さくても同じトルクが得られる。
そしてその差は -1.3~2.0Nである。
これらの事からクランク長は生み出すトルクへの影響よりも、そのトルクを発生させるための入力の大きさに影響が強いと言える。
この差を左右のパワーに換算すると、 -4w~6wになる。
つまりこの場合、クランクが165mmだと6wの体感負荷が増え、
クランクが175mmだと4wも体感負荷が減ると言える。
※物理的には仕事量(w)は変化しない。力点に入力するのが人なので、その体感負荷をワットに換算した場合の事である。
これらの関係はケイデンスが低いほど顕著に感じられ、ケイデンスが高いほど感じにくくなっていく。
例えば別の条件で、170mmクランクに平均168Nの接線力がかかった時クランク軸に発生するトルクMは、
M=0.17×168=28.6Nm
ケイデンス100rpmで漕いだ時のパワーは
W=0.105×28.6×100=300w
ケイデンスが70rpmで同じパワーを発揮した場合、トルクMは
M=300/(0.105×70)=40.8Nm
ケイデンスが120rpmだと、
M=300/(0.105×120)=23.8Nm
以上の事から、同じパワーでもケイデンスが高い時にはトルクが減少し、周速度が速いので筋力発揮の時間が短く済むことで体感的な負荷が小さく感じられるが、
ケイデンスが低くなると大きなトルクが必要になり、周速度の遅さから筋力発揮の時間が長くかかるので体感的な負荷は上昇すると考えられる。
そして、元々体感負荷の小さい高ケイデンスなペダリング時にはクランク長の及ぼす影響は極小さいものと考えられ、逆に体感負荷の高い低ケイデンスなペダリング時には、クランク長の及ぼす影響が大きいと思われる。
バイオメカニクス的に無理がない範囲で、出来るだけクランクが長い方が、
低ケイデンスで大きなトルク発揮のシチュエーションでは有利だと結論付けた。