ペダリング効率とトルク効果のお話

今日は、店舗の2階で北脇さんのペダリング相談会が開催されました。
北脇さんは、元岡山大学准教授で現在は関西医科大学の教授としてペダリング運動の研究をされています。
岡山におられた頃は、ダックスのメンバーとしてレースやサイクリングなど楽しまれていました。
北脇さんに教わった事や、Peaks Coaching Group Japanの中田さんの書かれている記事を教えていただいて、
自分なりに理解し、ペダリングと言う運動について考えをまとめてみました。
パイオニアペダリングモニターの発売によって、ライダーのペダルを踏む運動「ペダリング」が可視化、数値化できるようになった。
ペダリングモニターとは、人がペダリングする時のペダルへかかる力の大きさと方向をベクトルグラフで表示させる物。
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上の図のように、自転車が推進する為に有効なベクトルを青色、阻害するようなベクトルを赤色で確認できるグラフになる。
パイオニアがこのグラフを根拠に数値化したものがペダリング効率(パイオニア的)と言う数値だが、この数値の計算式は、
ペダリング効率=接線方向ベクトルの和 / 合成ベクトルの和×100(%)
とされている。
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各クランク角度のベクトルFは、クランクの回転の円に接する接線方向のベクトルFxと、
Fxと直行する法線方向のベクトルFyとの合成ベクトルである。
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ペダリング効率は、上の図のように法線ベクトルが減少し、合成ベクトルが接線ベクトルと近似していくと高くなる。
この時の回転軸にかかる力(トルク)はクランクをモーターなどで回転させる場合のトルクと近似する。
完全に接線ベクトルのみの成分になればモーターと同じなのである。
つまり、パイオニア的ペダリング効率とは、クランクを機械的に回転させる場合に有効なベクトルの割合だと言える。
この数値をペダリングの上手さの指標としているので、人によるだろうが、ペダリング効率が30%ほどだとあまり上手ではなく、
一瞬でも70%や80%の数値が出れば上手なペダリングが出来たと言う印象を持つ事になる。
実際にペダリングモニター発売直後には、ツールドフランスの完走経験のある新城幸也選手が、
70%や80%のペダリング効率を数分間に渡ってたたき出すと言うようなデモンストレーションが話題になった。

ここで間違ってはいけないのは、人はモーターではないと言うことだと思う。人がペダリングする時、
2本の脚を上下させてロータリーエンジンのコンロッドの様な動きでクランクを回転させる。
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動力はエンジンとは違い、脚を上下させるのは人の筋力で行う。脚が下へ降りて行く時、股関節と膝を伸ばす筋肉(大殿筋、ハムストリングス、大腿四頭筋など)を使用する。
さらにそこに脚自体の重さ(重力)も加わってペダルを下へ踏んでいく。脚を上に上げる動きも筋力を使い、股関節と膝を曲げる筋肉(腸腰筋、ハムストリングス)を使用する。
そして今度は脚自体の重さがその動きの邪魔をする。脚の重さに逆らって脚を持ち上げないといけない。
成人男性の脚1本の重さは約10kgあるから、結構な重労働だ。
ただし、この時反対側の脚は正にペダルを下へ踏んでいく動きをしているはずだから、
脚を持ち上げる事を怠っても、反対の脚がペダルを踏めば苦労せず脚が持ち上がってくるはずだ。
と言うことは、片方の脚がペダルを下まで踏み込む為には、もう片方の脚の重量を持ち上げる為の力も必要と言うことだ。
そして脚を上下させる一連の動きの中で、脚自体の重さ(重力)が助けにもなり、邪魔にもなっているという事になる。
北脇さんによると、ゆっくりとした速度で巡行する場合などは踏む力がそれほど強くないため、反対の脚の重さが多少邪魔をしていても問題はない。(効率30%位は普通だそうだ)
しかも、ライダーの体重によっても違いがあるらしい。
体格の良いライダーの方が体重があるので、
ペダルへ体重をしっかりかけた(パワーをかけて)時、多少ロスがあっても問題は起こりにくい。
軽量なライダーはここぞと言う時に、パワーで敵わない分しっかりペダルへ体重をかける必要がある。(筋力で踏まない)
そして反対の脚の重量をちゃんと抜いてないと、
せっかくのパワーがロスして疲労度も増してしまうとの事。
さて、最近のパワーメーター事情の中で「トルクエフェクティブネス」と言う単語が散見できる。
トルクエフェクティブネス=トルク効果だが、簡単に言うと正回転トルクの割合だ。
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上の図のP+は正回転のパワーの合計、P-は逆回転のパワーの合計を示している。グラフの横軸はクランク角度だから、
P+はペダリングのダウンストロークの範囲に多く、P-はアップストロークの範囲に多い事がわかる。
トルクエフェクティブネスの計算式は、
トルクエフェクティブネス=(P+ + P-)/ P+ ×100(%)
となる。この場合、各クランク角度でペダルにどんな力がかかろうと、正回転トルクの割合が多ければトルク効果が高いという事になる。
つまり、パイオニア的ペダリング効率と違い、
必ずしも接線ベクトルに拘らなくてもトルク効果が高くできるという事だ。
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上の図のP-は逆回転のパワーの合計の事だが、逆回転トルクの量とも見る事ができる。
前述のように、人がペダリングする時、ペダルを踏んでいく脚の反対側の脚の重量がこのP-の正体のほとんどだ。
このP-の割合を小さくする事で、正回転パワーのP+の割合が増えるのだからトルク効果は高くなる。
つまり、ペダルを踏む反対の脚の重量をペダルにかけないようにすれば良いという事になる。
モーターの作り出すトルクの様に、常にクランクの正回転方向へ力をかけ続ける事は非常に困難だ。
なぜなら重力に逆らって脚を持ち上げる動作の他に、クランクの上死点ではペダルを前へ押し出す動作が必要になるし、
下死点では今度はペダルを後ろへ引く様に力を掛けなければならない。
さらに言うとクランク1回転の動きの中で、踏み下ろす、後ろへ引く、引き上げる、前へ押し出す、
と言った動きの他にさらに細かいクランク角度で、常に正回転方向の力を加え続けなければならない。
肉体的負荷が高く、長時間出来る人間はそれほど多くないだろう。
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上に記した表は、ある周回レースの1周のペダリングデータを、各クランク角度の接線と法線、
合成ベクトルから計算した左右のパイオニア的ペダリング効率と、その時のトルク効果を比較しまとめたものである。
トルク効果の方がパイオニア的ペダリング効率よりも高い数値なのだが、これは逆回転トルクが少なめでトルク効果は高い数値だが、
接線ベクトルの割合はそれほどでもなく、機械的な回転運動としての効率はそれほど高くないと読み取れる。
別のレースやサイクリングのデータなどを比較しても、概ねこの様な傾向がみられた。
トルク効果と、パイオニア的ペダリング効率は似て非なる物だと思う。
と言うより、どちらもペダリングを表す要素の一つでしかないのだと思う。
名称が「ペダリング効率」ではなく「ベクトル効率」とすればスッキリする感じがするのだが。
これらがペダリングの要素のひとつでしかないと考える理由に、ペダルスムーズネスと言う指標がある。
近年の計測機材の進化によってペダリングの内訳がどんどん計測できるようになってきている。
ペダルスムーズネスもそのひとつだ。
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ペダルスムーズネスは上の図のPmax(最大パワー)とPavg(平均パワー)の比だ。
計算式は、
PS=Pavg/Pmax×100(%)
となる。この数値が高ければクランク1回転中の最大パワーと平均パワーの差が少ないという事になり、ペダリングが円滑だと言い換えられる。
さらに、ペダルスムーズネスの逆数としてクルトティック・インデックス(KI)と言う指標も有るらしい。
ペダルスムーズネスの逆数という事は、クランク1回転中の最大パワーと平均パワーの差が大きいという事だが、
これは「どれだけ踏みつけるようなペダリングか」を表すそうだ。
この2つの指標はペダリングの成分が回転運動が多いのかピストン運動が多いのかを見るのに役に立つ。
パイオニア的ペダリング効率との相関は大きそうだが、トルク効果との相関はそれほど大きくはなさそうに思う。
なぜなら、トルク効果は逆回転トルクの割合が少なければ高い数値になる。これは踏む時だけペダルに重量を掛けて、
いわゆる「引き足」の時にはペダルへ重量を掛けない事ができれば良いという事だ。
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上の図のように、腿を上げる意識が大切になってくる。
北脇さんは、大腿骨を太鼓のバチに見立てて腿を上下するイメージと言っていた。
叩き終わった太鼓をもう一度叩くには、バチを上に上げないといけない。
腿上げもその要領だ。しかも、ペダルを下まで踏み込む少し手前で、一瞬腿を上げる動作をするだけの方が良く、
ペダルを上まで引っ張り上げる意識は踏み足のロスになってしまうので、しない方が良いとの事。
例えばヒルクライムの時、シッティングでグリグリペダルを回して登ると、ペダリングは円滑でペダルスムーズネスは高い(円滑な回転)だろう。
ところが、急こう配になってパワーが足りなくなると上体を縦に揺すってでもペダルへ力をかけてパワーを得ようとする。
この時、上体を沈めた瞬間、ペダルに力をかけて下まで踏み下ろした脚の重量を抜くのが遅れてしまうと、
逆回転トルクが増えてしまってトルク効果は低くなってしまう。
ダンシングする時の場合は、上から下まで一気に体重で踏み込む動きだから、クルトティックインデックスが高くなる(ピストン運動が多い)と思われる。
それでも、下死点まで踏み込む前にリズムよく体重を反対の脚に移し変える事が出来れば、
逆回転トルクを抑えられてトルク効果は高くすることが可能だと思う。
これらの事からも、トルク効果とは、
「人がペダルに力を加えてクランクを回転させ、チェーンを引っ張りリアホイールを回転させる事=自転車の推進力とした上で、
ペダルへ力を加える時の阻害要因である反対の脚の重さをどのように処理して運動できているか。」

を表す指標と言えるのかもしれない。
もちろん、パイオニア的ペダリング効率も数値は違えど自転車の推進力に貢献する動きを見る指標になる事は間違いはない。
実際、トルク効果とペダリング効率は浅からず相関関係があるように見える。
ベクトルグラフはどのようにペダルへ力をかけているのかを知る上では、とても有用な物だ。
今日のペダリング相談会でも、参加者は北脇さんのアドバイスを元に実際に動いて変化するベクトルグラフを見て、身体の使い方を理解していたようだった。
ただ、パイオニア的ペダリング効率は機械的効率を表す側面が多く、肉体的負荷を考慮しにくい。
○○%上手にペダリングできている。といった具合に数値をそのまま捉えて70や80%、
あるいわ100%を目指すべきと考えてしまうと、肉体的負担が大きく人の体の動きとしては無理のある運動を強いてしまいかねない。
何%が良いのか?という事はとても言えないが、トルク効果という指標と、ベクトルグラフを使えば様々なシチュエーションのペダリングにおいて、
有効な動きをしているかどうかが解り易くはないだろうかと思った。
北脇さん、貴重なお話をしていただいてありがとうございました。